観劇記録

戦う者の歌を聴かせて

YSLキャスト別雑感と組み合わせ雑感

<各キャスト雑感>

 

■東山イヴ
一言でいえば「脆弱」。自我が脆い。才能という背骨をなくしたら彼は粉々に砕け散るだろう。
最初から最後まで一人にしたら3か月で全財産を失い、半年で野垂れ死にしそうだと思っていた。自分を守る手立てを一切持たない。
オープンすぎて信じやすい。ある種の白痴美であり、才能の入れ物、ないし触媒として機能する最低限の自我しか与えられていない。
言ってしまえば東山イヴはピエールなくしては危うい脆弱な精神の持ち主で、才能があるぶんだけ却って付け込まれやすい、「そういう子」だった。
流されるままに流されていってしまうので、結局のところ浮気や乱行も慣性になる。
どちらのピエールでもオピウムのあとは「互いにまだ必要としているけれど一緒にはいられない」感じがする。
リオウエハラいわく「ブラックダリア」。

ウィーン版M!の話になるんだけど、Oedoヴォルフに近いものを感じる。円盤で観れる男爵夫人は聖性が強く、それだけにヴォルフの白痴美は神の意志という感じがする。
そしてM!はヴォルフの私生活がグシャグシャになってから最高傑作ができるというストーリーなので、ヴォルフを破壊することで才能は真に開花したと読める。つまりヴォルフという人格は、アマデの養分ないし触媒であり、壊されるための「器」として神が設定したに過ぎない。(ほんとうはこわいモーツァルト

■海宝イヴ
一言で表すなら「潔癖」。
きちんと自我を持って生まれている。内側にずっと誰にも触れさせないものを持っている。それはおそらく才能の泉で、絶対に守らなければならないと思っているから最初は外界に対して臆病になっている。
人並みかあるいはそれ以上の頭脳があり、巨大な才能をコントロールすることができるし、才能をある程度は相対化して認識することが可能。
成功して芸術家たちとの交流が増えるとアーティストとしてのプライドが芽生えるが、同時に売れるものと求められるものの乖離に気付いてくる。ライセンスビジネスも好きではないが、オートクチュールのショーのための資金を稼ぐには一番手っ取り早いのはわかるから、どうしようもなくて酒と薬に逃避した。これは海宝くんどの役でもそうなんだけど、非常に整合性がある。
トータルではなんとなく育三郎ヴォルフに近いものがあるような…
リオウエハラいわく「白百合」。レミで「大希は可愛い、海宝くんは情熱的」って言っててうんうん、って思ってたのにここにきて白百合。リオウエハラそういうとこある。

<2/28追記>
2/27ソワレ観劇して、もうこれ別物だな?って思ったんだけど、元からこうでリピートしたからわかったのか、あるいは変わったのかが判断できないため追記の形に。
冒頭の回想をするピエールの台詞「イヴが本当に求めていたのは故郷だったのかもしれない」
戦争のシーンにおけるイヴの歌詞「心の故郷が壊されていく、頭から血を流して」
海宝くんはここを核にして造形している気がする。
「永久の異邦人」が海宝イヴ。帰りたい、帰る場所がない、それでもどこかに帰りたい。
まず最初に思ったのが東山イヴに比べ母という存在への思慕が強い。ママが動くといちいち反応する。己の才能に自負と若干の怯えを持つ内気な少年。
YSL観るたびにイヴのアルジェ時代の恋人が出てくるタイミングがいつも気になっていた。
帽子からするとおそらくムザブ人。アルジェリアイスラム教徒の少数民族だと思う。
アルジェリアの民族解放運動に対し、イヴはフランス人兵士として民族解放戦線と戦うために戦争に送られることになったけれど、ピエ・ノワールの訓練シーンでムザブ人の彼が出てくる。
これ、元カレが民族解放戦線の戦士になってるんじゃない?
そこで畳みかけるようにママの「植民地支配の土地に暮らすフランス人はフランス人ではないと言われる」が来る。
おそらくこれは訓練の中でイヴにもぶつけられた言葉だろうね。
内気で繊細だが、(東山イブに比べればまだ)健全に育ってきた海宝イヴは、ここでアイデンティティを引き裂かれる。
フランス人だけどフランス人じゃない。故郷であるはずのアルジェリアは敵となった。
インシャー・アッラー中東戦争のシーンでも意味ありげに上手からムザブの彼が出てくる。近現代の戦争で「故郷」を喪失した多くの人々。
イヴは失われた「心の故郷」をファッションの世界に求めた。僕は僕のために生きる、理想を求める、の理想は「心の故郷」ユートピアなんじゃないか。
で、対するピエールはフランス生まれのフランス人。芸術の世界では男同士でも、自分を偽る必要はないと知っていた、とルルちゃんが言ってた気がする。
イヴが戦争で傷ついたことやアルジェリアを失ったことはわかっても、自分が何者であるかのアイデンティティに悩んだことは多分ない。これがイヴとピエールの間に悲劇を引き起こす。
ママへの思慕は、母なる故郷、ということなんじゃないかなぁ。
やはり海宝くんは非常に整合性が取れているな…頭のいい人だ。

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どちらのイヴにも共通しているのは「あざとさ」。
「両親がパリに来る」のくだりは、どちらもどう言えばピエールが「家を買おう」って言うか分かってるよね。
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■上原ピエール
インタで東山さんが紳士と言っていたと思うけど、ワンマン社長みたい。
イヴを支えながら自分自身もファッションというビジネスに夢や希望を見出している。
コンスタンツェのようだと言ったけれど、基本的には愛を返してほしいピエール。
「助けてやりたい」「守ってやりたい」という気持ちも強く、時に独善的になる。
また戦争を語るとき(「国境という線は人の死体でできている」)に厳しい顔をする。一瞬前世の記憶でも思いだしてるのかと思ったが(彼基本板の上で武器持ってることが多い)、自分の中に倫理のスケールがある人なのだと思う。
だからイヴのことを信じ切っているし、イヴの不貞に気付かない。
イヴのオピウムのときに滅茶苦茶ショックを受けている(東山イヴのときはよろめいてさえいた)。
根本的にまっとうな人。なんでイヴなんかに惚れてしまったの…

■大山ピエール
健気!なにあの包容力。
イヴの幸せが自分の幸せ。イヴを支えることそのものに喜びを見出す人。
レオポルドのような、と言ったけれど無償の愛に等しい。M!の心を鉄に閉じ込めて、原語だと「私のようにお前を愛する者はいない」だそうだけど近いものある。
1ラスの手の繋ぎ方、手のひらを上に向けてイブがそこに手を乗せるのを待つ。
強い意志を持つわけでないからこそイヴのことをしっかり見ているよね。
二幕でイヴの様子がおかしいことも察している。浮気バレのときに「やっぱりか…」という顔をしていてしんどい。
必然的にイヴに惹かれてるのでイヴに人生捧げる以外の選択肢がない。だからあの現場を見てもイヴを見捨てることはできない。
上原ピエールのときに出現する「許す/許せない」「受け入れる/受け入れない」という選択肢は彼の時は出現しない。
なぜならイヴのそばでしか彼は生きていけないから。
あと純粋に歌詞が台詞として届くのがすごくいい。彼には選択肢がないことがよくわかるからこそ、ピエールのソロが哀切。

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<組み合わせ雑感>

【東山大山】
一番しっくりきたのがこれ。
流されるままに流される自我が脆弱なイヴと、確固たる意志を持たないピエール。
イヴは常に庇護者を必要とし、ピエールはイヴのそばで生きるという選択肢しかない。
オートクチュールに未来はない、これからはプレタポルテの時代だ」だったかな、クチュリエとしてのプライドを持つイヴにそう言ったあと彼は顔を歪める。イヴがその言葉で傷ついたのを知っているから。
観た組み合わせの中では最もラストが自然だと思えた。
ああいう場面を見せてしまった以上、イヴから歩み寄ることはできない。ピエールも踏み込めない。どちらかが動けば変わりそうなのに、それも不可能。
シャネルの「ビジネスでの信頼関係は永遠の愛にも等しい」は救いなのか慰めなのか、両方あるような気がする。
永遠の愛にも等しい関係に帰結することが「できた」から救い。
ビジネスでの信頼関係に帰結して「しまった」ことへの慰め。
どちらも取れる、とてもエモい組み合わせ。

【東山上原】
自我が脆弱なイヴと自我が強いピエール。
イヴがピエールを表して「太陽」というのが一番似合う組み合わせ。
ピエールにワンマン社長っぽさがあり、イヴに現世的な才覚のなさをひしひしと感じるので、互いに自分にないものを感じたのかな。
イヴが戦争で壊されてくるまでは、ピエールも才能に対する敬慕?敬愛?そういう気持ちが強かったように思う。
精神病院でイヴを抱きしめるときに初めてピエールはイヴの後頭部に手を置いて抱きしめていたので、ここで「守ってあげたい」みたいになっていそうだと思った。それでその後、ピエールの中のイヴ像があまり更新されなかったのではないだろうか。
キメセク乱交バレのとき、ピエールは小さく呻いてよろめいていた。イヴがこんなことするなんて思いつきもしなかったんだと思う。
上原ピエールのときの東山イヴは流されるというよりも気持ち良いことが好きで浅慮なイメージがあった。
上原ピエールは自分の中に倫理スケールがある人で、東山イヴは結局のところ乱行は慣性になる。
イヴの性質を「受け入れるか/受け入れないか」という選択肢で、ピエールは「受け入れる」ことを選んだ。
ラストは少し以前より距離ができたというか、ピエールは少し冷静になっていたような気がする。かつてのような熱はないが積極的に共に生きることを選択している。
シャネルの「ビジネスでの信頼関係は永遠の愛にも等しい」は救い。互いの性質上、この関係がベスト。

【海宝上原】
一番落ち着かなかった組み合わせ。というか一番深めてほしかった組み合わせ。いかんともしがたいが、上原ピエールはもっと長くやってほしかった。
自分の中に守りたいものがあって外界に対して臆病になっているイヴに対し、もう最初から庇護欲爆発してそうなピエール(ハグのとき最初から後頭部に手を置いてた)。たぶんピエールの中のイヴ像はこの臆病なころから更新されなかったんじゃ?
最初はともにファッションというビジネスにやりがいを感じている。この時点では二人は対等で、イヴはデザイン、ピエールは金策、うまく回っていた時期もある。
だが事業が軌道に乗るとイヴは売れるもの・求められるものの壁にぶつかる。クチュリエとしてのプライドもある。ライセンスビジネスも好きではない。アーティストとの交流でイヴはピエールともズレを感じ始める。そのイヴの変化にピエールは気付かない。その鈍感さ、アーティスト同士であれば1を言えば10通じるのに…というようなトゲ。
イヴは酒とドラッグに逃避する。この時点でだいぶイヴの心はピエールから離れているように見えた。だがピエールの手腕が金を生み出すがために関係を切れない…かのように見えた。多分この組み合わせだからこんなにイヴがずるく見えるんだとは思ったけど、いつまでも保護者気取りのピエールに対する反感もあるのかも。
キメセク乱交バレのとき、イヴは一瞬ピエールの姿を視界に入れてからジャックとべろちゅーしていた。あたかもピエールをわざと傷つけたいのではないかと思うほど。
ここで上原ピエールはイヴの行為を「許すか/許さないか」という選択肢になる。ここで彼はおそらく「許す」ほうを選んだのだと思いたい。
ラスト、上原ピエールのイヴへの感情が微塵も変わってないように見えたんだよね。恋の熱がある。イヴが冷めててピエールに熱があるからピエール可哀想かなって気が少ししたんだけど、よく考えたら怖いな?!って思った。
いや、イヴが別れたくてわざとピエールを傷つけたなら、この結末ホラーじゃないですか?ほんとうはこわいYSLみたいにならないですか?
そんなわけでこのペアのシャネルの「ビジネスでの信頼関係は永遠の愛にも等しい」の解釈は円盤まで保留!一見ピエールへの慰めかなって思ったけど、よく考えたら怖いわ!

この話全体がピエールの回想劇とすると、なんか男レベッカと男ダンヴァース夫人みたいだなと思った。ダンヴァース夫人のようにレベッカの思い出とともにすべて燃やし尽くすには、二人で作り上げたものが巨大すぎたし、上原ピエールはまともすぎたね。

【海宝大山】※2/28追記
2人同じ道は歩けないけど平行する二本の道をそれぞれ歩いていこうねエンド。
出会ったときは二人とも自然に惹かれ合って、すごく幸せ。
おそらくイヴはディオールクチュリエとして働いた時代が一番幸せだったんでしょう。評価してもらえて、友達がいて、恋人がいる。
でもイヴが戦争に送られて崩壊する。最初は変わらないように見えたけれど、イヴは「心の故郷」を喪失しアイデンティティが断絶した。ピエールはフランス生まれのフランス人だからそれがわからない。
オートクチュールのショー「1940年代へのオマージュ」のところで「暗黒の時代」「(フランスが)ナチスに占領されていた時代」と非難され、ショーからイヴの内面世界になりナチスの兵士が出てくる。
ではアルジェリアを占領したのは誰?
植民地下で生まれたフランス人はフランス人ではないと差別したのは誰?
にも関わらず、ここで「あの暗黒の時代を蒸し返すとはフランス人としてけしからん」と言うの?
おそらく海宝くんはここでナチスの兵士が出てくる演出をこう解釈してるんじゃないでしょうか。
ここで海宝イヴを苦しめているのはショーへの非難そのものでなく、彼のアイデンティティの断絶なんだと思う。でも大山ピエールは「オートクチュールに未来はない」と一方的に言って去ってしまう。
「1940年代」≒「母親」は海宝イヴにとって失われた「心の故郷」と同義。
そして最もイヴが幸せだったのは戦争に行く前、ディオールクチュリエとして働いた時代。
それをピエールは否定してしまった。
その後イヴが「オートクチュールはもはや日常とかけ離れた世界にしか存在しない、僕はオートクチュールに夢を描こう」というのが悲惨。それはとうに失われた「心の故郷」を取り戻そうとする試みであり、現実に存在しないユートピアを描こうとしている。
ユートピア、どこにもない場所。
つまり最初から無謀な試みを、キラキラした笑顔でやってるわけです、なんの地獄かな?
そしてやはり「心の故郷」を取り戻すことができないから、イヴは酒とドラッグに逃避する。
大山ピエールの「どうしたら君の帰る家を作ることができる」が哀切。イヴの帰りたい場所はこの世のどこにもないから。
イヴはおそらく自分の逃避行動をある程度知っていたし、イヴの様子がおかしいとピエールが勘づいていることも知っている。どこかで破綻が近づいてることも知っていた、あるいは望んでいたのだと思う。
イヴのアイデンティティの断絶はいかんともしがたく、ピエールにはそれがわからない。足元が確かな者に足元の崩れた者の気持ちはわからないから、ピエールの無意識の言行にイヴは傷つく。でもまだピエールに思いは残ってる。
不貞がばれた瞬間、イヴは咄嗟にピエールのほうに行こうと動く。
でもジャックに抑えられて、ピエールの顔を見て諦める。来るべきときが来た。
イヴとピエールは顔を合わせて、ピエールのほうから先に顔を逸らして足早にイヴの横を通り過ぎた。なんとなくピエールの気配を追うイヴ。未練!
やはりまだ好き、でも一緒にいるのも限界。
その後の掛け合いで「失った人の得難さ」「他の誰にもまねはできない」とピエールについて歌うイヴがしんどかったですね…
最後の2人はそばにいると互いに傷つく、だから少し距離を開けながら、でもつかず離れずいようね…という感じ。
シャネルの「ビジネスでの信頼関係は永遠の愛にも等しい」は互いにとっての救いだね。
その後のショーのシーン、イヴが望んだ世界なのかもね。ピエールがいて、オートクチュールのショーが成功して…という世界。ムザブ人の彼もいる。ユートピア、どこにもない場所、イヴの心が帰る場所。

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またM!の話で申し訳ないんだけど、ウィーンでもイケコでもアマデちゃんがコンスに無関心or嫌悪なのでおそらくコンスは本当にインスピレーションには関係なく、ただし体の相性だけ滅茶苦茶よかった(子だくさん)んだろうなと思ってるので、イヴとピエールも似たようなところがあるのやもしれないと思ってる。

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いやーーーこれ4パターン円盤か、再演ほしいなって…
リオウエハラもっと長くやってほしかったですね。暑苦しくて倫理スケールのあるピエールだと思うので、後半の海宝イヴの故郷喪失感と組み合わせてみたかったです

 

以下にキャストごとに思いついたフレーズを羅列したやつ。一度別記事にしたけど、そうするほどでもなかったのでここにしまっておきます。

東山イヴの物語はラブストーリー
海宝イヴの物語は「ぼくを探しに」

生来壊れているのが東山イヴ
戦争で壊されたのが海宝イヴ
正しい人が上原ピエール
愛の人が大山ピエール

ベストカップルは東山上原
 まあどうせイヴは浮気は繰り返すだろうけど大海原のような広い心のピエール
ベストパートナーは海宝上原
 君らファッション革命でもするんか
エモいの塊は東山大山
 ふたりで不幸になるといい
索漠としてるのが海宝大山
 ピエールはいくばくかの宿り木になれたらいいね

才能に惚れてるのが上原ピエール
 そもそも才能と仕事と人格は不可分
一目惚れが大山ピエール
 顔が好きだから色々許せちゃうことってあるね

察しが良すぎるのが大山ピエール
 復縁しても絶対傷つくよね
話聞いてなさそうなのが上原ピエール
 だから寝取られるのでは

自転車操業してそうなのが大山ピエール
 本当にお金足りてないでしょ
事業成功してそうなのが上原ピエール
 ただし一代限り(ワンマンあるある)

東山イヴはR20
海宝イヴはR15
 海宝くんはかわいい

東山イヴにおける才能は呪い
海宝イヴにおける才能は祝福

東山イヴは「才能の入れ物でしかない生き物は幸せになれるのか」の話
海宝イヴは「壊れた天才が落下していく」話

東山イヴは近づいてきた相手と浮気する
海宝イヴは自分より格下だと思う相手と浮気する